音源
Songs
「踊り込み=番場」湯木(ゆき)盆踊り
「おどりこみ=ばんば」
「山づくし」湯木(ゆき)盆踊り
「やまずくし」
「弓引き」湯木(ゆき)盆踊り
「ゆみひき」
「まねき」湯木(ゆき)盆踊り
「まねき」
「風車」湯木(ゆき)盆踊り
「かざぐるま」
「番場」湯木(ゆき)盆踊り
「ばんば」
「石州」湯木(ゆき)盆踊り
「せきしゅう」
「今宵忍ばば」湯木(ゆき)盆踊り
「こよいしのばば」
歌詞
Lyrics
踊り込み
もろうた もろうたよ 音頭さんをもろうた
ヨイヨイ
もろうたしるしによ ちょいとな やりましょうか
アラヨーホイ ヨーホイ ヨーイヤナーエー
わしのヨ 音頭はあぶない音頭
竹の丸橋 丸⻭の下駄で
枕もヨ つかずに渡るがごとく
どこでヨ 落ちうも切れよも知れずぬ
落ちたヨところじゃ拾っておくれ
切れたヨところじゃ つないでおくれ
下手な音頭にや はやしが大事
はやしヨ 掛声 しゃんしゃと頼む
何をやろうか思案にゃくれる
思案ながらもちょとやりましょうか
私ゃ備前岡山育ち
米のなる気をまだ知らぬ
米のなる気を知らねば見せようか
一畳畳のありゃな裏にある
娘島田にゃ蝶々がとまる
とまるはずだありゃ花じゃもの
娘良いのは千里も響く
寺の半鐘かありゃ釣鐘か
娘良いのとかど田の稲は
人が見たかるありゃかりたがる
つづく世間にゃ枯れ木に見せて
うらで咲かせる藤の花
下手なヨ 音頭がつよ⻑いても
側(がわ)のヨさまたげ お庭のじゃまよ
次のヨ音頭さんは早出ておくれ
私しゃ止めます この口限り
山づくし
山々づくしは新山(しんやま)づくし
ヨイヤセーコリヤセ
山でヨ高いのはあの富士の山
サーヤーハテナヤーハテナーエ
私や山家じゃ 山中(さんちゅう) 生れ
踊り踊りたありや事もない
口説くとくどいたありや事もない
どれもヨどなたも 踊り子さまよ
わしのヨ 音頭はあぶない音頭
竹の丸橋 丸⻭の下駄で
枕もヨ つかずに渡るがごとく
どこでヨ 落ちうも切れよも知れず
落ちたヨところじゃ拾っておくれ
切れたヨところじゃ つないでおくれ
下手な頭にや はやしが大事
はやしヨ 掛声 しゃんしゃとのむ
字(じ)の帳(ちょう)かかりて何やりましょうか
望みヨ あるなら おのぞみなされ
望みヨないなら 音頭の気まま
気ままヨ 我がまま ありや得手のまま
得手のヨままから ちょと案に出た
鹿(しか)のヨ飛び あちらこちら
春のヨ 陽気でたとえてみれば
梅のヨ小枝で鳴くうぐいすよ
夏のヨ陽気(ようき)でたとえてみれば
高いヨ森木(もりき)で鳴くせみの声
秋のヨ 陽気でたとえてみれば
紅葉ヨ踏 みわけ 鳴く鹿の声
冬の陽気でたとえてみれば
小谷(こだに)ヨ 小谷で鳴くにらの声
下手なヨ 音頭がつよ⻑いても
側(がわ)のヨさまたげ 迷いのもとで
次のヨ音頭さんは早出ておくれ
私しゃヨ 止めます この口限り
「弓引き」
よいさ こりゃこりや踊り子さまよ
ハーヨイヤサノセー ヨイサノセー
もろうたヤレ しるしにちょいとやりましょうか
ヨイヤセー コリヤセー
わしの音頭は あぶない音頭
どこでヤレ切れよりも落ちゅうも知れず
落ちたところじゃ拾っておくれ
切れたヤレところじゃつないでおくれ
下手な音頭にやはやしが大事
はやしヤレ 掛け声 しゃんしゃとたのむ
わしの音頭はあの ちしゃ畑
側がわ)がヤレ張らねば 心葉 (しんば)も立たぬ
口上(こうじょう)とめおき 字の帳にかかる
字の帳ヤレ かかりて何やりませうか
案に出たのが お七が次第
お七ヤレ 次第も こまごま知らぬ
お七さておき 小唄にかかる
小唄ヤレなんぞでちょいとやりましょうか
わしとあなたは硯のすみよ
すればヤレ する程 アリャ こゆくなる
娘よいのと 庭田(かどた)の稲は
人がヤレ見たがる アリャ刈りたがる
思い出しては星空ながめ
あの星のたりがアリャ 主(ぬし)の空
若い時には立つ名も花よ
立ててヤレ おくれよ アリヤ わしが名を
唄いましょうよ 皆々様よ
声をヤレそろえてアノ連節(つれぶし)に
唄の師匠が一人よりも
下手なヤレ連節(つれぶし)しゃ アリャ面白
鮎は瀬に住む 鳥りゃ木の技に
人はヤレ情けのアリャ下に住む
あなくるくる 私 わくの糸
切れずヤレ ごされよ アリャいつまでも
ここらあたりで止めおきまして
次のヤレ 音頭さんは早出ておくれ
⻑のお世話に相成りました
私しゃヤレやめます この口限り
「風車」(傘踊り)
どれもナ どなたもよ 踊り子さまよ
サーヨーホイセーエノヤートコナー
またも よろしゅにやよ お願いヨいたす
今の音頭さんの声ほめるなら
笛か 太鼓かよかよ胡弓かよ 三味(しゃみ)か
またも 音のあるよあの尺八が
私しやナ 仲々あのまねやヨ ならぬ
ならぬながらもちょとやりましょうか
何をやろうかよ 思案にやくれる
とかくナ 世間にやよ 枯木にやよ 見せて
裏で咲かせるよ ありや 藤の花
花は色々よ 五色にやよ咲けど
主にナ 見かえすよ ありや花はない
下手な音頭がよ つよ⻑よいても
側(がわ)のさまたけよ 迷いのもとで
次の音頭さんが恋しゅてよならぬ
やめる しるしによ扇子(せんす)と傘を
渡し ますぞえよ 扇子と傘を
受け取りなされよ この口限り
番場
もろうた もろうたよ 音頭さんをもろうた
ヨイヨイ
もろうたしるしによ ちょいとな やりましょうか
アラヨーホイ ヨーホイ ヨーイヤナーエー
今の音頭さんは いづくじゃよ どなた
声はよい声よ 音声(おんじょ)のよ高い
私しゃ仲々よ あのまねやよ 出来ぬ
切れたところじゃよ つないじゃよ おくれ
何をやろうかよ 思案にやよ くれる
思案ながらもよ ちょとやりよましょうか
私じゃ値前じゃよ 岡山よ育ち
米のなる木をよ ありやまだ知らぬ
米のなる木をよ 知らねばよ 見しようか
一畳たたみのよ ありゃな裏にやある
娘島田にやよ ちょうちょがよとまる
とまるはずだよ ありやな花じやもの
娘よいのはよ 千里もよひびく
寺の半鐘かよ ありゃな釣鐘か
真のやみ夜によ迷わぬよわしを
十九 二十才(はたち)がよありゃな迷わせた
迷うた時節にゃよ ありゃな 目が見えぬ
どこが道やらよ ありゃな続くやら
下手な音頭がよ つよ ⻑よいても
側(がわ)のさまたげよ お庭のよ じゃまで
次の音頭さんよ 早よな 出ておくれ
私しゃ 止めますよ この口よ限り
番場=滋賀県米原市の地名。もと中山道の鳥居本と醒井 (さめがい) との間の宿場町。番場の地名由来は摺針(すりはり)の関所の番衛が居た場所である所から『番場』、また伝説では聖徳太子が原野に馬を放ったので馬場と呼ばれていた地名が番場に変化したという説などがあります。 宿内にある摺針峠からみる琵琶湖の景色は中山道第一の景勝地と折り紙付きで、通過する諸大名も風景を楽しんだそうです。
石州
どれも どなたも 踊り子さまよ
ハーヨイトコセー
またも よろしゅにやよ お願いしましょ
アラヨーホイセヨーホイセー
今の音頭さんは いづくじゃ どなた
声はよい声音声(おんじょ)の高い
私しや仲々 あのまねやならぬ
ならぬながらも ちょとやりましょうか
切れたところじゃ つないでおくれ
落ちたところじゃ拾っておくれ
何をやろうか思案にやくれる
案に出たのが あんちん次第
あんちん次第も こまごま 知らぬ
小唄なんぞで ちょとやりましょうか
娘島田にや ちょうちょがとまる
とまるはずだよ ありゃ 花じゃもの
娘よいのは千里も ひびく
寺の半鐘か あの釣り鐘か
わしと あなたは両峰(りょうそね) 小松
招き合えども ありゃ そわりゃせぬ
とかく世間にや枯木に見せて
裏で咲かせる ありゃ 藤の花
花はいろいろ 五色に咲けど
主に見かす ありゃはない
揃うた揃うたよ みごとにゃ そろうた
稲の出穂よりゃみごとにそろうた
どれも どなたも 踊り子さまよ
⻑のお世話にあいなりました
ここらあたりで 踊りを替えて
次の音頭さんにゃ 早出ておくれ
私しゃ止めます あとたのみます
止めるゆうたら この口限り
石州(せきしゅう). 日本. 石州 (日本) - 石見国の別称。 中国. 石州 (四川省) - 四川省達州市にかつて存在した州。 石州 (山⻄省) - 山⻄省呂梁市にかつて存在した州。
今宵忍ばば(傘踊り)
どれもどなたも 踊り子さまのよいこらしょ
またもお願いいたします
トコヨイヨイノナカヨー ゴザンショー
今宵忍ばば たびして裸で下駄さげて
人がとがめりゃ 風呂屋はどこかと抜けしゃんす
今宵忍ばばありまちの浴衣(ゆかた)で忍びやんせ
人がとがめりゃ 風呂の帰りと抜けしやんす
目出度目出度の若松様のよいこらしょ
枝が栄えて葉がる
枝が栄えて お庭が曇るよいこらしょ
下ろせ(おろせ)小松の一の枝
一の枝より 二の枝上のよいこらしょ
三の小枝が影をさす
三の枝よりゃ 四の枝よりもよいこらしょ
五番 五の枝を影をさす
今年しゃ豊年に穂に穂が咲いてよいこらしょ
道の小草にや米がなる
ここは照れ照れ 浜田は曇れ よいこらしょ
浜田女郎衆は日に焼ける
今の若い衆は かぼちゃのつるじや よいこらしょ
あたり近所をはいまわす
私しゃ備前じゃ 岡山育ちよいこらしょ
米のなる木をまだ知らぬ
米のなる木を知らねば見しょうか よいこらしょ
一畳(いちじょう) たたみの裏にやある
私しや 止めます この口限りよいこらしょ
⻑のお世話になりました
基本情報
Metadata
| 伝承地 | 広島県庄原市口和町湯木 |
|---|---|
| 伝承者 | 1)番場:吉岡義明 2)杉谷満 3)盛崎一明 4)原茂隆 5)武口宏 6)吉岡義明 7)盛崎一明 8)原茂隆 |
解説
Commentary
湯木の盆踊りの由来
湯木の踊りの由来を確認するものは、現在何もみつかっていないが、古くからの伝承によると、今から約二百年前、江戶時代、宝暦年間(一七五一〜一七六四)頃から盆の行事として始まったようである。
この地方は、戦国時代には釜峰城主、涌喜氏の支配下にあり、毛利氏、尼子氏の勢力争いの舞台となり、特に天文年間(一五二二〜一五五四)は数次にわたり合戦の場となり、多くの地方武士や農⺠が命を落としたという。
宝暦年間に至り、お盆の日をえらび、これら涌喜氏郎党ををはじめ多くの戦死者の精霊を慰め、また、これを送る踊りとして湯木村の寺(法林寺、明正寺)の広場で、老若男女、多数によって踊られた手踊りが始まりのようである。また、同時に秋の五穀豊穣を祈る傘踊りも踊られるようになった。
踊り手の輪の中央に台を設け、そこで音頭かったい、それに合わせて、まわりながら踊った。はやしは太鼓、拍子木などを用いた。踊りは、比較的簡単なもので誰でもすぐ踊れるので、老若男女が鉢巻や頬かむりなど思い思いの服装をして踊った。この踊りは、新旧の盆の行事であるとともに農⺠の娯楽として盛んに踊られたようである。
明治二十年頃から大正始めにかけて、風俗を乱すという理由で警察の取締りもあったようであるが、私達の先輩は、よくこの踊りを保持して現在に伝えてくれた。
湯木に伝わるこれらの芸を、何時までも、⻑く伝承したいと願って、昭和五十二年に湯木芸能保存会を結成し、現在も努力している。
盆踊りの内容
湯木の盆踊りは、手踊り5、踊り3から成り立っている。
手踊りは、1山づくし2ばんば3石州4弓引き5まねき
傘踊りは、1踊り込み(傘と扇を使う)2風車(かざぐるま)3こよいしのばば
用具の大要
1太鼓2拍子木3傘
昔は番傘の古いものの油紙をとり、骨だけにして、それにかざりをつけてつかっていた。現在は踊り用の傘をつかっている。
湯木芸能保存会