
民謡の特徴
Features of Folk Songs
新⾒市では、それぞれの地域の⽣産や⽣業に根ざした労働の歌が数多くうたい継がれてきました。また東⻄と南北に⾛る街道が⼗字に交わる⼟地にあり、その⺠謡も地域によって特⾊が変わります。⻄は備後、南は備前、北は出雲、伯耆、東は美作とその影響も様々に受けています。
奥備中と呼ばれる、中国⼭地の真ん中に位置する新⾒には、「⽊挽き歌」「⽜追掛け歌」「⾺⼦歌」など、⼭林関係(畜産を含む)の職業の歌が残されています。また、中国⼭地は砂鉄の産地であったため製鉄事業が盛んで、その中で⽣まれた「番⼦歌(たたら歌)」の歌詞も残されています。
砂鉄を取るために昔の⼈は鉄⽳(かんな)流しという技法を使い、⼭の⼟を崩しました。そのように開墾され平になった⼟地に⽥畑をつくりました。新⾒には農業にまつわる多くの歌があります。今でも「苗取り歌」「⽥植え歌」などがうたい継がれています。⽥植えには、⽥の⼤きさにより、⼀家総出で作業をする「仕事⽥」と、早⼄⼥を多数集めて⾳頭取りの歌に合わせて⾏なう「囃し⽥」があり、それぞれに歌が伝承されています。
Website広島⽂化⼤百科参照
カテゴリーについて
Category
新⾒⺠謡アーカイブスでは、⼀般的に使われている⺠謡分類法などを参考に、アーカイブした⾳源をより分かりやすく皆様にご紹介できるよう、独⾃に分類項⽬を考案しました。
本アーカイブスでは、⺠謡に該当する⾳源以外も保存対象とし、それぞれカテゴリーを設けました。
⺠謡に関するものは、「労作歌」「労作歌/⽥植え唄」「盆踊り」「⾏事歌」「儀式歌」「神楽歌」に⼤きく分けました。
また、そうではないものを「童唄」「⼦守唄」「数え歌」「旧町村の歌」「和太⿎」「⾳の記憶」に分け、「インタビュー」項⽬を加えました。
民謡に分類されるもの
What Counts as Folk Songs
労作歌
仕事にまつわる歌です。新⾒市にはかつて沢⼭の職種があり、職⼈がいました。そのほとんどは仕事中に歌われ、集団作業の場合はそのような⾳楽が必要不可⽋でした。機械のない時代、最も効率的に飽きずに息を合わせられるか、先⼈たちは考えだしたのでしょう。そこには「祝い」や「祝福」、つらい労働への「ねぎらい」、または職⼈としての「誇り」なども歌われます。
⾏事歌
⼀年を通して様々な⾏事で歌われるものを項⽬化しました。「⾏事歌」と「儀式歌」の違いも曖昧ですが、ここでは「祝詞」や「祈り」、または神事の舞などと関係の薄いものを分類しました。千屋⽜追い歌に関しては、⽜の供養⽥植えとの繋がりを考慮して、こちらにカテゴライズしました。
民謡に分類されないもの
What Does Counts as Folk Songs
童歌
かつて⼦供たちが歌っていた歌です。全国的に歌われていたものも、ローカルなものもあり、その数は多いです。「童歌」項⽬内にさらに「⼿まり歌」「⻤ごっこ歌」「数え歌」などに分けました。名越軍治さんの発表された「哲⻄の童唄」を⼿本に。
旧町村の歌
度重なる合併以前に、旧町村で歌われていたご当地ソングをアーカイブしました。
新⾒市合併の経緯
1954年阿哲郡新⾒町・上市町・⽯蟹郷村・草間村・熊⾕村・菅⽣村・豊永村・美穀村が新設合併し、新⾒市が発⾜しました。
1955年阿哲郡千屋村を編⼊合併しました。
2005年新⾒市・阿哲郡⼤佐町・神郷町・哲多町・哲⻄町の1市4町が新設合併し、新たに新⾒市が発⾜しました。
インタビュー
アーカイブ⾳源の中には、インタビューや雑談を挟むものもあり、重要だと思われるものや、内容を楽しめるものを抜粋しました。
⾳源編集時、よくそれらの雑談に⽿を傾けました。録⾳時の雰囲気がとてもよく伝わります。永遠と雑談をしてなかなか歌い出されない⽅や、途中で歌詞を忘れてはにかんだり、冗談を⾔って笑い合う⽅々。宴会場のようにガヤガヤして、みなさん飲み⾷いしながら楽しそうな⾳源もありました。(もちろん雑⾳だらけで、歌のじゃまになっていたり、インタビューに割り込んだり、隣で別の話を始めたりという聞き苦しい箇所もありました。もちろんその聞き苦しさにも味があるのですが。)
中には労作歌についての真⾯⽬なインタビューもあり、その内容は労作歌を歌う職⼈の⽣活を知れる⾁声として、とても貴重でありました。