音源

Songs

中の中の小坊主

なかのなかのこぼうず

歌詞

Lyrics

(明治、大正、昭和にかけて)

中の中の小坊主
なあして背がひいくけりゃ
ありゃゆんべの大風で
いーしゃしゃでしゃごんだ


「いーしゃしゃでしゃでんだ」 は 「一生背がしゃがんだ」あるいは「一しょに背がしゃがんだ」 または 「一寸背がしゃがんだ」とも考えられる。「しゃがむ」は「うずくまる」で、すなわちひざを折りたてておること。 ここでは背が低くなったという意だろう。京都、大阪では 「中の中の小坊主 なんで背がひくい 親の日にえびくてそれで背がひくい ひくきゃァ立って見や」愛媛では、 「中の中の弘法大師 なぜ背が低い立つなら立って見よ お皿の中へ 灸(やいと)をすえて痛や悲しゃ オゲゲのゲ」 という。

「哲⻄の童唄」より

基本情報

Metadata

伝承地哲西
伝承者地元有志
年代1970
録音者名越軍治

解説

Commentary

手まり唄や、お手玉唄は、もっぱら女の子の遊びであるが、⻤ごっこは、男女ともに行われる遊びである。⻤ごっこを哲⻄町では、「いいちく」という。⻤ごっこをはじめるときには「いいちくするものよっといで」とか「いいちくするものこの指たかれ」など呼びながら希望者を集める。集まった者から順々に片手を出して下の手の親指をにぎって重ね、「いいちくたぇちくたえの目」と唄いながら上から一つずつ手を数え唄があまれば上へもどって数え、唄の最後にあたった手の者を⻤ときめる。⻤がきまれば、親指をにぎっていたのをはなして、散って行く。

また、唄の最後にあたったものが次々と手をはなして散って行き、残った者が⻤になることもあり、手をつないで輪をつくり、番号をかけ、約束の番号にあたったものを⻤とする場合や、もし少数人のときは、ジャンケンで、きめるなど、いろいろな方法をとった。

⻤は逃げまわるこどもを追って、つかまえ、つかまった者が前の⻤と交替する。ため⻤というのは、新しい⻤ができても交替しないで、⻤がたまって増えてゆく。この場合は、⻤は二人ずつ手をつないで、外の者と区別する。ため⻤では、最後に残った一人が⻤となり、いままでの⻤は解放される。

また、つかまった⻤は手をつなぎ、残った者を追いかけることもあった。⻤ごっこには、まだ変った型の遊びがある。それは、かごめかごめかごの中の鳥はいついつ出やる夜あけのばんにつるとかめとすーべったうしろの正面だーれと、全国的に広くおこなわれている遊びと同じく、目かくしをした⻤を中において、外の者は、手をつないで輪をつくり、まわりながら歌をうたい、歌がおわると、まわっていた子はとまって、しゃがみ、目かくしをしている⻤は、まわりの子を一人つかまえて、その名をあてる遊びである。これは明治ころからあり、こんにちでもなくなっていない。明治、大正のころは「中の中の小坊主」を、昭和になっては「ぼんぼんさんどこ行くの」を唄っていたが、いまは小学校の教科書に、前記「かごめかごめ」の歌が、リズムとして出ているので、いまのこどもは、この「かごめかごめ」を唄っている。

さらに「一山こえて」がある。これは、昭和18年頃はいって来た遊びで⻤は狐になって、外の子供と掛け合い形式でうたう。このごろは⻤をきめる場合「白豆黒豆ヂット引ヶ」など簡単な方法をとっている。この外、「つかまえゲッター」、「かくれんゲッター」などがある。
「哲⻄の童唄」より

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