音源
Songs
歌いなされよ
うたいなされよ
歌いなされよ1996年ver
うたいなされよ
歌詞
Lyrics
「歌いなされよ」(その1)
1. 歌いなされよ 綱元様よ
歌でこの田が 勇むほど
2. 歌いなされよ ご器量のお方
歌でご器量が下がりゃせぬ
3. 歌はだしから ぞうりは緒から
さげた刀は さげおから
4. さげた刀は さげおと言えど
ひとつあ 男の仕立てから
畑木地区を中心に広く哲⻄町で、昭和初期まで歌われた。
この田植歌は、「はりがね節」と同様に、 山田などの共同田植えに向かない田で歌われた歌で「山田
植」と言い太鼓をいれない節になっている。
「歌いなされよ」
1. 歌いなされよう たいよなされ
歌でご器量が 下がりゃせぬ
2. 歌でご器量が 下がらぬ云うたが
歌でご器量が 二分下がる
3. 腰のいたさよ この田の⻑さ
主のお顔を 見りゃなおる
4. 米のなる木を 五月に植えて
八月なかばに 米になる
5. 切れた草履と 馬鹿にはしゃんな
元はお米の 親様よ
6. 今年豊年穂に 穂が咲いて
道の小草に 米がなる
7. 暑や焦げるや 手ぬぐい欲しゃ
殿のゆかたの 袖なりと
8.下へ下へと 枯れ木を流す
下で枯れ木にゃ 花が咲く
大野部地区を中心に広く昭和初期まで歌われた。 「歌いなされよ」(その 1)と
同様に、山田などの共同田植えに向かない田で歌われた歌で「山田植」と言い、太
鼓をいれない節になっている。
「哲⻄の⺠謡」より
基本情報
Metadata
| 伝承地 | 哲西 |
|---|---|
| 伝承者 | 2)野崎松代、賀島勝安 |
| 年代 | 1960年代ごろ |
| 録音者 | 名越軍治 |
| 詞型 | 7775 |
解説
Commentary
田植歌には、太鼓を入れて歌うものと、太鼓をともなわないものとがある。ワサ(早)植は6月5日頃からはじまるが、山田など共同田植にむかない田は「ショボショボ植」または「山田植」といって太鼓なしで植えた。このような時に歌われたのが次の田植歌である。このほか針金節や、生木地区では調子の違った田植歌も歌われた。
「哲⻄の⺠謡1」より
昔は田植えが近づくとどの家もタウエゴを用意したもので、とくに娘や新嫁は紺絣(こんがすり)の着物や赤いおこし(腰巻き)を新調した。また帯の一部にも美しい布などをつけて飾り、赤だすき・手拭い・脚絆(きゃはん)にいたるまで気を配った。こうして盛装した早乙女たちは、サゲ(左肩から下へ帯で太鼓をつり支え、太鼓を打ちながら音頭をとる男)の打つ太鼓に合わせて唄を歌いながら苗を植えたもので、これを大田植えとか太鼓田などと呼んでいる。
ところで奥備中の⻄北部地方(とくに荒戶山麓周辺)では田植えを始める前にサンバイオロシの行事を行う。サンバイオロシというのは三角形に近い小さな田んぼ(三角みすまのクボ)を選び、かきがすむと栗の枝とカヤの穂をそれぞれ十二本(閏年十三本)合わせ束ねて竹か木にしばりつけ、これを田んぼの一角に立てて森をつくる。そして森の横には苗三把をおき、飯や神酒などを膳にのせて供えたあと、早乙女はこの苗を取って十二株(閏年は十三株)植える。
田植え唄は普通、太鼓を入れるのと入れないのとがあって、例えば山田のような狭い田んぼでは太鼓を入れなかったという。しかしいずれにしても田植え唄は、田植え作業の変化に伴ってしだいにすたれ、サンバイオロシの行事とともに昭和三十年ごろから姿を消してしまった。
「奥備中の⺠謡」