音源

Songs

よいさのせ「俊徳丸一代くどき」

よいさのせ「しゅんとくまるいちだいくどき」

よいさのせ「お艶東下り」

よいさのせ「おつやひがしくだり」

よいさのせ「平井権八小紫くどき」

よいさのせ「ひらいごんぱちこむらさきくどき」

よいさのせ「平井権八小紫くどき」ライブ音源

よいさのせ「ひらいごんぱちこむらさきくどき」

歌詞

Lyrics

俊徳丸⼀代くどき

ここに河内の⾼安郡、世にも聞えし所の⻑者、名さえ⾼安左ヱ⾨なるが、ひとり息⼦の俊徳丸は、⼈にすぐれし 器量でござる、⽬元⼝元その顔形、⽟のかんばせ緑の髪も、光り輝やくあでやか姿、年も⼗⼋盛りの⾊⾹、今を春 べと咲く桃桜、⼈のながめもますます若盛り、⼼⽴てさえ素直な⽣れ、⽗の左衛⾨いわしゃることに、あと⽬惣領 の俊徳丸に、かねて添せん許嫁なる、四天王寺の楽⼈富⼠の、娘初花嫁取まして、妻を定める約束せしを、弟の⼆ 郎丸というは、兄にひきかえ⼼のひがみ、殊に恋しき楽⼈富⼠の、娘初花⾒染めていれば、兄の俊徳邪魔にとなり て、継⺟お辻を密かにかたり、癩病発する毒薬酒を、折を⾒合せ俊徳丸に、のませ給えと頼みにければ、継⺟お辻 は驚きたれど、⼼ならずもままこのたのみ、思案極めて悪事にくみし、そこでおつじは出⼊の医者を、よんで密か にたずねることにゃ、癩病なおすに妙薬ありや、医者は答えていかにもござる、寅の年⽉⽇時の揃う、⽣れたがわ ぬ⼥の肝の、⽣⾎しぼりて飲ませるなれば、どんな癩病も即座に治る、聞いて程なく医者をばかえし、ある⽇おつ じを俊徳丸に、すすめまするに住吉まいり、浜辺歩きの眺めの折に、酒宴かこつけ銚⼦の中で、毒酒真酒とへだこ をつけて、あわび⾙にて毒酒をのませ、れんぼいいかけさまざまくどき、やがてわが家へ⽴帰ります、さてもいた わし俊徳丸は、かかるたくみのあり共知らず、毒酒まわりて苦しむ上に、⾒るもいたわしその顔かたち、癩病姿と たちまちかわる、⽗の左衛⾨歎きにたえず、治療さまざま加えて⾒れど、治るしるしのあらざりければ、過去の因 縁深きが故に、かかる悪病煩らうなれば、罪業消滅ざんげのために、霊地霊業参詣せんと、いえば左衛⾨その意に まかす、哀れなるかや俊徳丸も、今はさすがに病に恥ぢて、⼼細くも我家をはなれ、四天王寺へさまよいいだし、 古きその名も萬代池の、畔のあちこち乞⾷の姿、業障消滅悪疾外脱、⼝に唱えて鉦に撞⽊、悪しき病の姿を⼈に、 ⾒せて我⾝の罪ほろぼしと、残⾔なさるも哀れな話し、ここに其頃合邦というて、閻魔⼤王の像造る者、諸⽅勸化 の⽼僧がござる、それや住所は坂松⼭の、寺の⻄側庵をむすび、深き慈悲ある⼈なりければ、常にいたわる俊徳丸 を、おのが庵え連れ⽴ち帰り、⽼僧夫婦が養ないおいて、ざんげ滅罪菩提のためと、三⼈揃うて⾝の上ばなし、故 郷出所をみな物語る、時に合邦夫婦の中に、⼀⼈娘のおつじというは、⻑者⾼安左衛⾨殿の、後妻なりとて⼊込む 訳や、いちぶ始終を聞く俊徳も、思い計らず寄会事の、不思議因縁のがれぬ中と、頼もしくこそ思われまする、か かる所へ娘のおつじ、親を尋ねて家にと帰る、⽗の合邦は娘の⾝持ち、義理の息⼦の俊徳丸へ、不義を仕かけし不 埓のとがめ、⻑者⾼安左衛⾨殿へ、それや⾔訳なさんが為に、親が⼿にかけ殺して呉れと、怒る⽗親なだめる⺟ 御、娘おつじは俊徳丸に、めぐりあいつつ、恋慕したる⼼づくしを皆かきくどき、君の姿を⾒にくうさせて、妻と 定める初花殿に、愛憎つかせて其未々は、君と夫婦になりたき⼿だて、⼆郎丸へは⼀味と⾒せて、毒酒のませたそ のあとさきを、ここではじめて皆物語る、それを聞くより⽗合邦が、眼光するどく堪忍ならぬ、にくき⼥のふるま いなるぞ、⽼の⼀徹怒りにたえず、⼑引抜き娘を⽬がけ、⼒⼀杯突きつら抜けば、つかれながらに⼿元を押え、た った⼀⾔いいおくことと、⽗を⽌めて苦しき声⾳、いうておくとは外でもないが、弟⼆郎丸あの初花の、⾊⾹しと うて迷うておれば、兄の俊徳あのままおかば、恋の邪魔故毒酒を飲ませ、姿変ればあいそがつきる、我にくみして 給わるべし、と、ひくにひかれぬ悪事のたのみ、ウンといわねば露けんのものと、我諸共殺さん⼼、とても死ぬな ら俊徳丸の、後のおためとなりたき願い、されど⼀且は⼀味と⾒せて、毒酒飲ませて家さえ出せば、君のお命つつ がはあらぬ、夫捨置きお後を慕い、死ぬる覚悟の私が命、⾎潮お役にたちたいばかり、寅の年⽉⽇時の揃う、⽣れ 違わぬ⼥の⽣⾎、これが癩病の⼤妙薬と、医者のはなしをききたる故に、⾝をば捨てもまた浮ぶ瀬と、今やあわび の甲斐ある思い、家に帰りて誠が届き、⽗の御⼿にかかるというは、このや⾝にとり本望なるが、おいとしいのは 我夫様よ、かかるなりゆき夢とも知らず、継⼦⼆⼈の義理ある中を、思い過して悪事にくみし、にくき⼥と悔んで あろが、死んだ後でもただこのことを、かえすがえすも詫してたべと、いわば合邦夫婦の者は、娘おつじにとりつ きまして、かかる貞⼥と知るものなれば、なぜに明かしていっては呉れぬ、親に刃を⼿にとらさせて、憂⽬⾒せる ぞ聞えぬ娘、涙ながらにかきくどきます、されど息絶え申さぬうちに、肝の臓腑の⽣⾎をとって、あわびかいにて 俊徳丸へ、飲ませますれば其顔かたち、実に不思議やまたたく中に、元の若⽊に花かえりさま、露を含める莟の 姿、そこで俊徳継⺟の恩に、涙むせぶも道理でござる、さればこの上回向の形⾒、後の世迄も合邦がつじゃ、閻魔 堂とて古蹟に残る、供養追善いとなみまして、⼀唱専念即得往⽣、俊徳念仏俊徳街道、今にありありその⽣肖像、 紙⼦仏と霊げん残す、四天王寺の南⾨⻄⼿を⽌め、⼈の病難⾝に打かつぎ、頼みたすけるご慈悲の契い、いわれ因 縁知らざる⼈に、由来話しを書きのこしおく。 

「哲⻄の⺠謡」より


お艶東下り

今度大阪 道頓堀の
行けば左手 戻れば右手
山手小路に 士ござる
石山源氏 という士よ
知行も取らしゃる 百二十五石
それの娘に お艶と言うて
年は七つで 才人者よ
少し上りて 寺子屋ござる
それに通うて 学問なさる
一字習えば 一字はさとる
イの字習えば 口の字はさとる
そこで寺子屋 友達衆が
今日も来たかえ こな親無し子
明日も来るのか こな親無し子
最早うせなよ こな親無し子
そこでお艶が ムックリ致し
お日の七つに 暇をもらい
トロリトロリと 我が家に帰り
下座に直りて 両の手突いて
何と母様 物問いまする
わしが手習 友達衆にゃ
父母よと 両親有るに
わしがとと様 どうしてないの
そこでかか様 申され様に
われが父様 無いのでないが
昔日の本 兵庫が沖で
田地口論 境のけんか
佐々木武平と 言う士と
弓の引合 なされた折に
弓の遺恨で 引きまかされた
それでお艶の 父様ないの
それはかか様 無念でないか
わたしは それが無念でならぬ
ひまを下され 五年のひまを
五年過ぎても 戻らぬ折は
出たるその日を 正命日と
祭り下され のうかか様よ
お艶五年のひま 何にする
父のかたきが 討ちとてならぬ
そこでかか様 申され様に
われが智恵では 仇は取れぬ
われより目上の とと様でさえ
あのや武平に 引き負かされた
そこでお艶が 申する事に
せいはちそても 馬鹿にはめすな
山しょう胡しょうは ちさいが辛い
関の小刀 身はちさけれど
綾も切れるが 錦も切れる
まだも切れるよ 金らんどんす
葉は小さけれども あの蔦かずら
大きな森木に 取付きまして
追々森木を 巻き枯す
そこでかか様 理詰めに負けて
ひまをやるやる 五年のひまを
五年過ぎても 戻らぬ折は
出たるその日を 正命日と
祭りやるぞえ こなお艶
そこでお艶は 東に下り
音に名高い お玉が池の
千葉周作 門弟となりて
一心不乱に 修業に励み
遂に免許の 皆伝となる
「哲多町史」より


平井権八小紫くどき

爰に過ぎしに其物語、国は山陰その名も高き、武家の家老に一人の悴、平井権八直則こそは、犬の喧嘩が遺恨となりて、同じ家中の本庄氏を、討って立ち退き東をさして、下る道にて桑名の渡、僅かばかりの船賃故に、数多の船頭に取り囲まれて、既に危きその折からに、是を見兼ねて一人の旅人、平井助けて我家へかえる、是れは名に負う東海道に、その名熊たか山賊なるが、夫と権八夢にも知らず、其の家内にゃ美人がござる、名をば⻲菊蕾の花よ、見れば見るほどおとなしやかで、其夜権八が寝間へと忍び、モーシ若さん侍さんよ、此家の主人は盗賊なるよ、知って泊るか知らずであるか、今宵のお命危うでござる、妾しも三河で富豪の娘、去年の暮れからこの家に捕られ、永の月日を涙で暮す、故郷こいしやサゾ両親が、案じさんすであろうと思う、お前見掛けてお頼み申す、何うぞ情ぢゃ後生じゃ程に、妾を連れ立ち此家を逃げて、故郷三河へ送りてたべと、口説たてられ権八ことは、流石よしある侍なれば、その訳柄を残らず聞いて、さらば此の家の主人を始め、手下盗賊皆切殺し、お前故郷へお連れ申す、二人密かに約束堅め、娘⻲菊立ち出でゆきやる、夫れと知らずに熊鷹張本、手下数多にささやきけるは、今宵泊めたる若侍の腰にさしたる二腰こそは、⻩金作りで名作物よ、二百両から先への物じゃ、彼れを歎き連れ来りしは、それを奮うは心のたくみ、奥の座敷に寝かしておいた、最早時刻も夜半の頃よ、奥の一間に切り込みければ、兼ねて権八心得あれば、夫れと平井は抜く手も見せず、主人熊鷹手下の奴等、終に残らず皆切り殺し、そこで⻲菊手を引き連れて、慣れし三河の矢矧の⻑者、一部始終の咄をいたす、⻑者夫婦はよろこび勇み、何うぞ我家の婿にもせんと、勧めけれども権八どのは、猶ほも仕官の望みもあれば、⻑者夫婦に断り云うて、暇乞いして立たんとすれば、今は⻲菊詮方なみだ、ぜひもなくなく金とり出して、心ばかりの餞別なりと、云えば権八気の毒顔に、志ざしとて頂き納め、花の東に急がれる、行けば程なく川崎宿の、音に聞えし万年屋とて、爰にしばらく御休みなさる、偖てもこれから品川までの、道は何里とお尋ねなさる、道は僅かに二里程なれど、鈴ヶ森とて難所がござる、夜毎夜毎に辻切りあれば、七ツ過ぎにも早やなりければ、今宵当所にお泊りあれと、云えど権八耳にも入れず、大小差す身はそれしき事に、恐れ泊ればあまたの人に、臆病未練の侍士なりと、永く笑われ恥辱の種よ、夫れは元より望みでござる、勇み進んで品川ゆきやる、偖ても平井の権八どのと、同じ茶屋に休んでいたる、花の東にその名も高き、男達にて幡随院の⻑兵衛、平井出て行く跡見送りて、流石侍士天晴ものよ、さらば若衆の手なみを見んと、跡に続いて⻑兵衛こそは、鈴ヶ森へと早や差し掛る、其夜其処にて権八どのは、兼ねて覚悟と山賊共を、大勢相手に火花を散らし、それと見るより⻑兵衛どのは、さらば助太刀いたさんものと、実にや仁王の荒れるが如く、切って廻われば山賊共は、雲を霞と逃げ行く跡に、⻑兵衛どのは平井に向い、お年若にも似合ぬ手並、恐れ入ったる働きなるぞ、俺も江戶にて名を売る男、御世話いたさん我家にござれ、云えば権八よろこび入りて、左らば今より兄弟分となれば、⻑兵衛が匿まいなさる、偖ても助七助八達は、親を打たれてその仇敵、平井権八打ち果さんと、是も東の花川戶にて、借家住居で二人の者は、花のお江戶を日毎にたずね、夫れと権八早くも悟り、忍び狙うて二人の者を、何の苦もなく殺して仕舞い、今は権八安堵の思い、心ゆるみし若気のいたり、花のお江戶の新吉原に、音に聞えし花扇屋の、小紫にぞ心をかけて、夜毎夜毎にお通いなさる、此や小紫素性を聞けば、三河矢矧の⻑者の娘、今は⻑者も落ぶれ果てヽ、娘⻲菊遊女に売られ、涙ながらに勤めをいたす、平井権八それとは知らず、初会座敷のその初まりに、何うか見たような顔付なりと、思う心が先とも通じ、いっそ可愛いお若衆さんと、思う座敷も早や引き過ぎて、床になったるその睦言に、さても互に顔見合せて、思っていたる以前のはなし、さては⻲菊権八さんか、一度別れて又逢うことは、先の世からの約束事よ、二世も三世もその先きまでも、変るまいとの互いの契り、それが悪事の起りとなりて、人を殺して金とる事が、夜毎夜毎に度かさなれば、毒を喰らわば皿までなりと、猶もつのりて中仙道は、音に聞えし熊谷土手で、上州絹売弥兵衛を殺し、百両あまりのお金を奮りて、猶も廓へ忍んで通う、悪事千里で権八身分、其りゃ恵方はお尋ね者よ、爰に目黑の虚無僧寺に、忍び入るとも厳しい詮議、今は天地に身の置きどころ、泣くに泣かれず覚悟を極め、お奉行所へと名乗りて出る、哀れなるかや権八事は、鈴ヶ森にとお仕置となる、偖も幡随院の⻑兵衛こそは、平井権八晒した首を、願い貰いて目黑の寺へ、埋め葬り回向をなさる、それと噂を聞く小紫、人目忍んで廓を出でヽ、晝も心は目黑の寺を、平井権八墓場の前に、乱れ初めにしその黑髪に、何んと白無垢死装束と、姿懐剣咽喉へと当てヽ、南無阿弥陀佛、南無阿弥陀佛、二世を助けて賜われかしと、落つる涙は千種の露と、消えて浮名も比翼の塚と、今の世までもはなしに残る。
「哲⻄の⺠謡」より

基本情報

Metadata

伝承地哲多萬歳
伝承者1,2)奥田伍代松 3,4)高橋敏蔵
年代1965〜1975
詞型1)7777

解説

Commentary

「よいさのせ」は七七七七を詞型とした盆踊り。新⾒では哲⻄、神郷(「⼤踊り」と呼ばれる)、哲多で踊られる。広島の⼀つ拍⼦に少し似ている。特に広島東條の「⼤踊り」ではお囃⼦もほとんど同じ。

新⾒の盆踊りは昭和6年の時点で、北部:ばんば、横⽥、やまづくし○、やんさ、扇踊り○(以上最も古く踊られているもの)安来節、⾼い⼭○、ひがし○、てんがらこう○(明治三⼗年ごろ南部より⼊った)
南部中⻄部は:てんがらこう○、⼭づくし○、まんまん、四つ拍⼦、よいさのせい○、砂かき○、松⼭踊(数え歌踊り)、安来節、⾼い⼭踊○、しょこほい踊、備前踊り、影絵節踊、出雲踊、祇園踊
「阿哲群誌」より

○のものは現在でも踊られているもの


俊徳丸は、「俊徳丸伝説」で語られる伝承上の⼈物。河内国⾼安の⻑者の息⼦で、継⺟の呪いによって失明し落魄するが、恋仲にあった娘・⼄姫の助けで四天王寺の観⾳に祈願することによって病が癒える、というのが伝説の筋で、この題材をもとに謡曲の『弱法師』、説教節『しんとく丸』、⼈形浄瑠璃や歌舞伎の『攝州合邦辻』などが⽣まれた。


今から八百余年前、源氏と平氏の争いの中、当時の源氏の武将石山氏の娘「おつや」が、五年前に平家の武将に弓矢で討たれた父親の仇を討つため、京都の東山の清水寺に籠って兵法の稽古に励み薙刀・小太刀・手裏剣を持って、父の仇である藤島氏を探し求めて、見物人の多い中で見事父の仇を討ち、仇を討つのを見ていた人々も、おつやの見事な仇討ち姿に感激して、籠一竿、金子百両、それとたくさんの人々から心温まる供応を受け、丹波の国へ帰るという筋書きであります。

WEBふるさと種子島より


この口説きでは時代背景が江戶後期に移り、父の仇を討つため、お艶は北辰一刀流の流祖・千葉周作に弟子入りしたとある。

Not Found 楽曲が再生されるのを待っています #新見 #盆踊り
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