音源

Songs

大踊り「忠臣蔵数え口説き」

おおおどり「ちゅうしんぐらかぞえくどき」

歌詞

Lyrics

「忠臣蔵数え歌」

忠心蔵では数へ歌
数へふかいなで一つでは
人を見おろす師直が
恋の叶わぬそのために
話そうかいなで二つでは
深みがさに尺八で
話そうかいなで三つでは
身の上知らずの丸大夫が
主人のたんやにたこばかな
はそもうかいなで四つでは
夜うち名人集まりて
頼もうかいな五つでは
狼のしし見つけた勘兵が
火縄にゃ火をつけ口薬
はなそうかいなで六つでは
胸にあまりし判がんが
御殿でやいばを抜いたので
騒ごうかいなで七つでは
何心なげに蔵の助
きんや松原⻑楽寺
通ひながら八つでは
屋敷の様子をこまごまと
あまたのかん者を差かへて
さぐろうかいなで九つは
九つはしご取り出して
いやがるおかるを二階から
おろそうかいなで十かいな
(十夜うちと定まりて
十四日の暮れ六つに
そばやの二階で十一は
一、さて十一は一一知らねどはかり事
ま子末代この事を
伝ふかいなで十二では)
さぐろうかいな十二では
⻄と東に立わかれ
裏と表の門の戶を
たたきこわして十三は
三三寝こみを打こまれ
うろたへまわる吉良の人
どうしょうかいなで十四では
死んではならぬともろ直が
かくれよかいなで十五では
五心大事と逃げ行くは
そこを大身のそのやりで
つかりょうかいなで十六は
六はたんきの其の為めに
南無阿弥陀仏ともろともに
うたりょうかいなで十七は
三十足せば四十七士
数もいろはの四十七で
数えようかいなで十八は
山と川との合言葉
まわそうかいなで十九では
__その__に
ようやくほうたい遂げられて
二十にたりたるようがいを
一夜にほろぼし本懐とげて
___わたる
__勢いで
___引きあげて
御前に首を供えられ
四十七士が両の手ついて
?
永のご無念忘れなされ
ようやく敵を討ち取りて
こころおきなく成仏なされ
?
まいりますると口々に
四十七士の高名は
今もこの世に伝われる
どうやらここらですんだようで
それじゃやめましょ 皆様方よ

基本情報

Metadata

伝承地神郷
伝承者槙原兼三郎
詞型7575

解説

Commentary

「大踊り」=「よいさのせ」

「よいさのせ」は七七七七を詞型とした盆踊り。新見では哲⻄、神郷(「大踊り」と呼ばれる)、哲多で踊られる。広島の一つ拍子に少し似ている。特に広島東條の「大踊り」ではお囃子もほとんど同じ。

新見でかつて踊られていた盆踊りは昭和6年の時点で、以下のもの。

北部:ばんば、横田、やまづくし○、やんさ、扇踊り○(以上最も古く踊られているもの)安来節、高い山○、ひがし○、てんがらこう○(明治三十年ごろ南部より入った)

南部中⻄部は:てんがらこう○、山づくし○、まんまん、四つ拍子、よいさのせい○、砂かき○、松山踊(数え歌踊り)、安来節、高い山踊○、しょこほい踊、備前踊り、影絵節踊、出雲踊、祇園踊「阿哲群誌」より
○のものは現在でも踊られているもの

忠臣蔵数え歌は全国に見られ、盆踊りをはじめ童唄にもなっている。

仮名手本忠臣蔵カナデホンチュウシングラ

浄瑠璃。時代物。11段。竹田出雲・並木千柳(宗輔そうすけ)・三好松洛みよししょうらくらの合作。寛延元年(1748)大坂竹本座初演。赤穂義士のあだ討ちに取材したもの。人形浄瑠璃・歌舞伎の代表的名作。通称「忠臣蔵」。

あらすじ:江戶城松の廊下で吉良上野介に切りつけた浅野内匠頭は切腹、浅野家はお取り潰しとなり、その家臣大石内蔵助たちは吉良を主君内匠頭の仇とし、最後は四十七人で本所の吉良邸に討入り吉良を討ち、内匠頭の墓所泉岳寺へと引き揚げる。

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