音源
Songs
うちの後ろの茶々の木に
うちのうしろのちゃちゃのきに
歌詞
Lyrics
うちの後ろの茶々の木に
小鳥が三羽巣をかけた
一羽の小鳥が言うことにゃ
奥さん奥さん起きて髪を結うて金付けて
お寺へちょこちょこまいらんす
お寺の御門に腰かけて
しっぽりかっぽり泣かしゃんす
お寺の小僧がいうことに
何が悲しゅうて泣かしゃんさ
何も悲しゅうはないけれど
わしの弟の千松が
七つ八つから金堀に
金がないやら死んだやら
一年たってもまだ戻らん
二年たってもまだ戻らん
三年ぶりの三月に
死んだと死んだと状が来た
基本情報
Metadata
| 伝承地 | 神郷油野 |
|---|---|
| 伝承者 | 藤原たかよ |
| 年代 | 1987~1988 |
| 録音者 | 横山孝史 |
解説
Commentary
千松を主題としたこの歌は、江戶時代にできた歌舞伎や人形浄瑠璃の「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」(通称「先代萩」)の中で、その一部が引用されている。島根県指定無形文化財である益田糸操り人形の語り教本から、その部分を紹介しておく。
...思い廻せば此(この)程から唄ふたうたに千松が七ツ八ツから金山へ一年まて共まだ見えぬ二年待て共まだ見えぬとうたの中なる千松は待つ甲斐あって父母に顔をば見せる事もあらう同じ名の付く千松のそなたは百年待ったとて何んの便りがあろうぞいの三千世界に子を持った親の心は皆な一つ子の可愛いさ毒な物食ふなと云ふて叱るのに毒と見えたら心見みて死んでくれいと云ふやうなどうよく非道な母親が又と一人あるものか...
人形浄瑠璃では、江戶初期の仙台藩のお家騒動として設定している。若君鶴喜代君を毒殺する陰謀を知った乳母の政岡は、若君が毒菓子を食べるのをやめさせようとするが、君は言うことをきかず食べようとする。それを察知したわが子、千松は身代わりにその菓子を食べた途端、毒婦八汐の刃で絶命する。後に政岡が手まり歌の詞章を思い出しつつ、劇中でうたう詞章にこの部分がある。
また、天明5年(1785)に作られた義太夫「伽羅先代萩」の中にも千松が若君にこの歌をうたって慰める次のところがある。
こちのうらのちさの木に ちさの木に 雀が三疋(ひき)止まって止まって
一羽の雀が云ふことにゃ 云ふことにゃ アアコレ夕べ呼んだ花嫁御 花嫁御(中略)
わしの息子の 千松が千松が(中略) 七つ八つから金山へ金山へ
一年待てどもまだ見えぬ(下略)
そうして考えれば、この手まり歌の古さが分かるのである。
酒井董美(ただよし)先生(元鳥取短期大学教授・口承文芸研究者)
鳥取県立博物館データベースより