行事歌
大佐
音源
Songs
虫送り歌
むしおくりうた
歌詞
Lyrics
ウンカ虫ぅ送った
あとがどんと栄えた
基本情報
Metadata
| 伝承地 | 大佐大井野 |
|---|---|
| 伝承者 | 佐藤米 |
| 年代 | 1987~1988 |
| 録音者 | 門屋真二、立石憲利 |
解説
Commentary
虫送りは殺虫剤のなかった昔の素朴な行事で、たいていは土用の四郎か五郎(土用に入って四日か五日目)に行う。この日は各自の田畑から害虫を二、三匹取り、これをフキの葉か桐の葉に包んでお寺かお堂、またはお宮へ持って行き、念仏を唱えながら大きな数珠をまわして害虫退治の祈禱をする。
祈禱が終わると害虫を笹のついた⻘竹の先にしばりつけ、所によってはサネモリさんと呼ぶ藁人形につけて⻘竹を先頭に、鉦や太鼓をたたいてにぎやかにこの唄を歌いながら部落中の田畑をまわり、最後に部落の境の川へ流した。川のない所では山に入って焼き払ったという。なおサネモリさんというのは、斎藤実盛が稲株につまずいて倒れて討たれたために、その霊魂が稲虫になったといわれている。
「奥備中の⺠謡」より
16世紀の初め頃(戦国時代中期)-各地の農村で虫送りが行われ始める。
『平家物語』でも知られる平安時代末期の平氏武将・斎藤実盛(斎藤別当実盛)は、篠原の戦いのさなか、乗っていた馬が田の稲株につまずいて倒れたところを源氏方の敵兵に付け込まれ、討ち取られてしまったため、その恨みゆえに稲虫(稲につく害虫)と化して稲を食い荒らすようになったという言い伝えが古くから存在した。そのため、稲虫(特にウンカ)は「実盛虫(さねもりむし)」とも呼ばれ、主として⻄日本では、実盛の霊を鎮めて稲虫を退散させるという由来を伝え、この種の「虫送り」を指して、実盛送り(さねもりおくり)または実盛祭(さねもりまつり)と呼んでいる。また、砕けた表現として実盛さん(さねもりさん)とも呼ばれる。